無分類30のお題 →TYPE2

3、蓋




「――俺はアイツを憎んでる。今すぐにでも殺してやりたい……」
アキラはリンの過去の話を、ただ聴いていた。
普段の彼からは予想もつかない、重く、苦しい過去。
「でも、俺は誰よりも俺を憎んでる」
「リン、それ以上は言わなくていい。もう十分だ!だから――」
「うるさい!」
リンは逆上して捕われた腕を乱暴に振り回そうとするが、しっかりと固定されているため、それも叶わない。
思わず舌打ちし、俯くリン。
そして再び口を開く。
「俺にとって大事だって、タイへつだって思ったものはみんな、みんな、アイツに……兄貴に奪われてきた!」
そう語るさまは痛々しい。
とてもではないが見ていられない。
ここでふと思う。
その辛い、苦しい記憶に、蓋をする事は出来ないだろうか。
いっその事、全てを忘却の彼方に押しやり、リンの痛みを封印してやれないものだろうか。
辛い過去ならば無理に背負う必要などない。
リンはもう既に十分に自分の感じている『罪』を償った、贖ったはずだ。
「……リン、過去の事なんて、忘れてしまえよ」
「……え?」
思わずアキラらしくもなく口を滑らせていた。
「辛いんだろ?苦しいんだろ?だったら、全て忘れてしまえばいいじゃないか!映画館のアイツだって、もう既に新しい仲間を作ってたじゃないか!リンが新しい未来を作って何が悪いんだ?」
……本当に、我ながら『らしくない』とアキラ自身も思う。
そこまでリンの過去にはどこか惹かれ、逆に距離を置かせたかった。
「……部外者が、何知った風な口利いてんだよ!忘れられるはずないだろ!?俺にとってあいつらはかけがえのない、唯一の仲間だったんだ!」
気合で切ったのだろうか、リンの手首を戒めていたカーテンの切れ端は、床から風に舞っていた。
リンはアキラの胸ぐらを掴み上げる。
その迫力と気迫に、さすがのアキラも押される。
「お前に何が解るってんだよ!」
まるで泣いているような魂の叫びだった。
仲間が欲しくて、常に誰かと一緒にいたい、そんなリンが『仲間を喪った』という過去を、そんなに簡単に受け入れられるはずがない。
「……悪かった」
アキラがそう素直に詫びると、肩で息をするリンは呟いた。
先ほどの叫びとはうって変わった、蚊の鳴くような聞こえるか聞こえないかのギリギリの小声で。
「……悪いと思ってるなら、せめて身体で返せ」
言いながらリンはアキラの傍ににじり寄る。
そして明の首に、その細すぎる腕を回す。
「キスしろ、させろ」
声は命令形ながらも、どう考えてもその中には癒しを求める響きが混じっていた。
――抱きしめて、キスして、身体を抱け。
そう言われて言うようで、思わずアキラはそのままリンを押し倒して、熱いキスをした。
初めてもキスの味はリンの涙のせいで塩辛く感じられたのだった。




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2015年 6月16日 莊野りず

『蓋』というワードで、やっと思いついたのはかさぶたでした。
あれも考えようによっては『蓋』ですよね、傷口をふさぐんだし。
そんな訳で、かさぶたという言葉の代わりに『蓋』という言葉で攻略してみました。




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