無分類30のお題 →TYPE2

8、立ち読み(アキリン)


  

「ああ、うん。……解った、買うよ」
アキラはそれだけ言って、携帯電話の通話終了ボタンを押した。
トシマでリンと別れてからもう五年。
いや、まだ五年なのか。
冬の寒さに薄いマフラーでは耐えられない。



先ほどの電話の相手は源泉だ。
何でもフリーのジャーナリストになったとかで、様々な場所を飛び回っているらしい。
その源泉の記事がメインになったから買ってくれという頼みで、アキラは数年ぶりに書店を訪れた。
日興連は子供の教育に熱心なためか、書店の品ぞろえもよい。
源泉の言っていた雑誌は発売日という事もあり、店頭に山積みにされていた。
でかでかと謎の文字が躍っている。
アキラはその雑誌を手に取ると、すぐに会計に向かおうとした。
しかしあるものが目についた。
『医学書フェア』というぶら下げ看板だ。
そういえばあの時のリンは、自分が斬りつけたせいで腿が危なかった。
少しくらい寄り道してもいいだろうと、医学書コーナーに向かう。
簡単な説明なものから難しい泉温用語の載る本まで目を通したが、どれも内容はほぼ同じ。
しかしある本の一文が気になった。
『抗生物質を打っても後遺症が残る』。
あの後リンは間違いなくシキとの戦いに向かったはずだ。
あの脚で、あれだけ弱って、あれだけ……体力を消耗するようなことをした後で。
なぜ止めなかったのだろうと、今更ながらに後悔する。


それから数日間、アキラは食欲も出ず、食事は適当に済ませた。
ソリドであればオムライス味でなくともいいまでに。
――リン、お前は今どうしてるんだ?
何度も天井に向かって問うた。
当然返事はない。


たまには気分でも変えてみたらどうだ?
源泉に電話したら帰ってきた応えがこれだった。
気分を変えると言っても具体的にどうしろとまでは言わなかった。
なんとなくBl@ster会場へと足を運ぶ。
どうしても昔のこと思い出すが、今ではもう一観客にすぎない。
「まだ来てたんだ」
次の試合が始まる時間に、その声は聴こえた。
以前のような危うさも、攻撃的な気配すらない、優しく穏やかな声。
「……リン」
「ただいま」
少し照れたように、リンは微笑んだ。
「お前、足はどうなったんだ?医学書を見たら――」
「切断したよ」
あまりにもあっさりとした返答だった。
そのまま流してしまいそうなほど自然な流れで出た言葉だった。
「え?」
「だから、俺の左足はもうないの。これは義足」
なぜか満足そうな笑顔のままで、物覚えの悪い子供にでも言い聞かせるようなリンの言葉。
「じゃあシキは……」
「倒した。左足は、まあ餞別かな。一応、憧れてた兄貴だし」
一瞬リンの目に淋しそうな光が見えたのは気のせいだろうか。
それを指摘するのも野暮な気がして、アキラも不器用ながらにも笑ってみる。
「強くなったんだな」






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2015年 3月6日 莊野りず

ハイパーショート、『立ち読み』。
ぶっちゃけ立ち読み関係なくない?的内容ですが、立ち読みしていなかったらラストの会話はないわけで。(言い訳)
せっかくのリンルートエンドをぶち壊したくなかったのでこの辺で終わりました。
私にしては良い判断……のはず。




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