悲恋系15のお題 レイジナ・アベレア中心で攻略

14、残り香(レイジナ)


あのひとはたったひとりだ。
その時のレイジは雑然とそんなことを想った。
 姉であり、魔王である彼女――ジーナローズはいつも寂しげに微笑んでいる。
いつからだろう、その笑顔を見てみたいと思ったのは。
いつも彼女の身体からは甘くて優しい、いい匂いがした。
それはどこかレイジたち悪魔を拒絶している気がしていた。


 寝心地のいいベッドで、レイジは天井を眺めた。
 「……」
 中庭で鳥たちが鳴いているのが聞こえる。
レイジの目覚めは唐突だ。
まどろむ暇もなくむくりと上半身を起こすと、頭を軽く振る。
 「もう朝か」
 今日は何か、夢を見た気がする。
かなり昔の、最愛の姉であるジーナローズに関するなにかの夢。
 目覚めてしまうと夢の事が頭から消えてしまう。
それが今日は寂しく感じる。
レイジが目覚めたことに気づいたのか、侍従が部屋へと入ってきた。
 「お早うございます、レイジ様。本日のご予定は?」
 恭しく頭を下げるのは年長の男悪魔。
 彼にはレイジが思い出せないくらい昔から世話になっている。
 彼の後ろには侍従一同がきちんと整列している。
どうやらレイジが目覚めるタイミングを待っていたらしい。
 「……そうだな。まずは姉上と食事。その後は兵の訓練だな」
 「かしこまりました」
 彼は再び恭しく頭を下げた。
 「そうだ、姉上の事で訊きたいことがあるのだが」
 今日の夢には不思議なところがあった。
ジーナローズが出てきた夢なのだが、何かの花のようないい匂いがした。
 「はて?匂い……でございますか?」
 侍従は不思議そうに首を傾げている。
 「そうだ。何かの花の匂いに違いない。甘いのだが、どこか凛とした感じの」
 彼には心当たりがないらしく、心から申し訳なさそうに謝罪した。
 「申し訳ございません。私の不十分な知識ではレイジ様の疑問を解消することは難しいのです」
 「いや、こちらこそ悪かった。食事にしよう。姉上はすでにあの部屋か?」
いつも二人で食事する部屋の事を尋ねると、彼は頷いた。


 「どこか上の空ね」
 朝食の温野菜のサラダを口元に運び終え、ナプキンで口元をぬぐったジーナローズはいつもの感情のない声音で尋ねた。
 「そうか?」
レイジはフィレ肉のソテーを口元に運び、咀嚼する。
いつもと変わらない態度をとっているつもりだが、そこはたった二人きりの姉弟。
 敏感に何かを察したのかもしれない。
 「そうよ。いつもはもっとなにかの話をしてくれるのに」
ジーナローズは可愛らしく唇を尖らせる。
 「ははは、姉さんには敵わないな!」
レイジは今朝のおぼろげな夢の事を彼女に話した。
ジーナローズはその話を真剣に聞いている。
だが、話が中盤に入ると口数が少なくなっていく。
 「……姉さん?」
 顔色が悪くなったジーナローズにレイジは不思議に思う。
なにか気に障ることでもあったのだろうか。
 「なんでもないの。……本当に何でも」
しかしその顔は真っ青で、レイジにはその先を追及することはできなかった。


 中庭で兵の訓練をしているヴィディアの会ったのは朝食を終えた一時間後だった。
キリング・ダストの異名を持つヴィディアの訓練には、さすがの兵たちも息を上げている。
 「そこ!ぼさっとしない!もっとちゃんと剣を持って!」
 鬼教官のようなヴィディアの気迫に兵たちは慌てて気合を入れている。
 「精が出るな、ヴィディア」
レイジが声をかけると、ヴィディアは固まった。
 「……レイジ。どうしたの、こんなところに?」
 「今日は俺も訓練に付き合おうと思ってな」
レイジの言葉にヴィディアは嬉しそうな顔になる。
 「ホント?じゃああたしも気合入れなきゃ!」
その声に兵たちは縮み上がる。
 「その前に休憩にしないか?お前の訓練は実績はあるが、消耗が激しすぎる。それに相談したいこともあるしな」
レイジの提案にヴィディアはあっさり乗った。
 「それもそうね。……で、相談したいことってなあに?」
 「それはここでは言えない。場所を移そう」
ヴィディアにとってもそれは好都合だったらしく、すぐに頷いた。


ヴィディアに今朝の夢の話を話すと、彼女も首を傾げた。
 「ジーナローズ様の匂い、ねぇ……」
もう昼食の時間だったので、軽くつまめる食べ物を用意してある。
 「ああ。姉さんは香水なんかつけないし、かと言って今の姉さんにはあんな匂いはしないし」
レイジはパンにかぶりつきながらヴィディアの返事を待つ。
 「もしかしたら、それは誰かの残り香なのかもしれないわね」
 「残り香?」
レイジが鸚鵡返しに呟くと、ヴィディアは思わせぶりに頷く。
 「ジーナローズ様の過去の男の残り香とか。あの方なら誰でも好きになるでしょうし。……実際レイジだって」
 最後の方は声が小さくなったし、レイジも気に留めなかったので聞こえなかったことになった。
 「過去の男って……いったいどんな奴なんだ?」
 一緒にいるのに全く気にも留めないレイジに、いい加減にヴィディアも頭に来た。
 「知らないわよ!そんなの!」
ヴィディアにビンタされて、レイジはその場を去った。


ギルヴァイスに訊ねても答えはヴィディアと変わりなかった。
しかし参謀としての知恵があるギルヴァイスはジーナローズが何かを隠していると考えた。
 「何かって、何を?」
 「それが解ったら苦労はないんだよ」
 匂いの話はもうたくさんだと言わんばかりのギルヴァイスを無理やり連れて、レイジはジーナローズのいる謁見の間へ急いだ。
これは何か悪いことが隠れているとレイジのカンが言っている。
ジーナローズは謁見の最中で、名も知らない悪魔と話をしている最中だった。
 「あら、レイジ。どうしたの?」
 今朝の事を覚えているのだろう、彼女は少し硬くなっている。
 「姉上、昔のあなたのあの匂いは一体なんだったのですか?」
この疑問に答えてもらうまでは動くつもりはなかった。
ジーナローズは謁見中の悪魔に席を外すと言いつけると、レイジだけを伴って廊下に出た。
 「怒らないでね?あの匂いは――」
 「あの匂いは俺以外の男の残り香なんだろう?」
 同時に口を開いたので声がハモる。
 「え?」
 「何?」
 二人はしばらく見つめ合うと、互いに笑い合った。
 「……あの匂いはあなたの言う通り、あるものの残り香よ。今は詳しくは言えないの。ごめんなさい」
やはりそうだったか。
あの甘さの中の凛とした感じは男のもののような気がしていた。
 「でも特別な関係ではないの。互いに利用し合ったというか……。とにかく、今は全く関係ないわ」
きっぱりとジーナローズが否定するので、レイジは嘘ではないと確信する。
 「今はもう会うことはないの。だから、安心して」
もう会うことはないという言葉に、レイジは安心する。
しかしその『あるもの』が大天使長メルディエズだと知ると、ジーナローズを責めずにはいられなくなる。
プロジェクトマトリクスのことが明らかになるまで、あと何年か。

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 2014年 2月26日 莊野りず

 お題『残り香』とのことで、残り香って抱き合ったりしないと移らないよなーということでレイジナ+微妙にメルジナ。
レイジをまともにすると書きづらいのなんの。
ヘタレなレイジが私には合うのかもしれません。もしくはジェネラルとか。



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